「AIが仕事をしてくれるようになったら、人はいらなくなるのでは」──。

その問いに、いま世界で最もAIを使い込んでいる会社の一つが、数字で答えを出しました。

AI「Claude」を作る米 Anthropic(アンソロピック) は2026年10月26日、上場(IPO)のための届出書を米証券取引委員会(SEC)に提出しました。300ページを超える書類には、売上や損失だけでなく、社内でAIがどれだけ働き、人の仕事がどう変わったか が書かれていました(ITmedia NEWS)。

そこから見えたのは、「AIが仕事を奪う」でも「AIで楽になる」でもない、もう少し複雑な姿です。

何が公開されたのか

Anthropicが提出したのは、上場前に会社の中身を投資家に示す「Form S-1」という届出書です。Nasdaqにティッカー「ANT」で上場する予定で、Bloombergなどは11月中旬の上場を目指すと報じています。売り出す株数や価格は、まだ決まっていません(ITmedia NEWS)。

2026年1〜6月の売上高は163億ドルで、前年同期の約14倍。会社の規模の話も大きいのですが、この記事で注目したいのは、その中に書かれた 「AIと働く会社」の数字 です。

「AIと働く会社」の数字

コードの追加・変更の9割超を、AIが書いた

届出書によると、2026年9月に同社のソースコード(ソフトウェアの中身を書いたプログラム)へ加えられた追加・変更のうち、90%超はClaudeが書いたもの でした(ITmedia NEWS、Forbes)。

エンジニア1人が1日に書くコードの量も、7〜9月の平均で 2024年の45倍超 に増えたといいます。

エンジニアは「書く人」から「確かめる人」へ

同社は、エンジニアの役割が「コードを1行ずつ書く」仕事から、Claudeに指示を出し、できあがったものを確認する「監督役」 に変わったと説明しています。

開発だけではありません。業務運営や営業、研究の部署でも、複数のAIエージェントが日々の業務を自動化しているとしています。

AIの利用額が、人件費を上回った(定価で換算すると)

社内でのClaudeの利用量を 一般向けの料金に当てはめて換算すると、1月から9月で250倍超に増えました。そして4月には、その月の換算額が、株式で払う報酬を除いた 月々の人件費を初めて上回った といいます(具体的な金額は公表されていません)。

自社のAIなので、実際にこの金額を支払ったわけではありません。それでも、「AIに働いてもらう量」をお金に直すと「人に払うお金」を追い越すところまで来た、という意味では象徴的な数字です。

それでも、人は減っていない

ここからが、この記事で一番伝えたいところです。

コードの9割をAIが書くようになったAnthropicですが、従業員は1年で約2.7倍に増え、2026年9月末で約5,300人 になりました。従業員1人あたりの売上(直近12か月)は、140万ドルから660万ドル超へ伸びています(ITmedia NEWS、Yahoo Finance)。

人が増えた背景には、売上が1年で約13倍になるほどの事業の急拡大があり、「AIが雇用を増やした」と言えるわけではありません。ただ少なくとも、AIが9割を書く会社でも、人がいらなくなったわけではない。仕事は消えたのではなく、「自分で作る」から「指示して、確かめる」へ中身が移った と読むのが自然です。

取締役2人のほかに社員を置かず、実務をAIに任せるHENNGEの新会社(10月2日の記事で紹介)とは、ちょうど逆の形です。どちらが正しいというより、AIをどこまで任せ、人をどこに置くかを、会社ごとに設計する時代 に入ったと言えます。

数字を読むときの4つの注意

大きな数字が並ぶので、読み違えやすいところを整理しておきます。

  • 「9割」はコードの追加・変更の割合:仕事の9割をAIがしている、エンジニアの9割が要らない、という意味ではありません
  • 「45倍」はコードの量:量が増えたことが、そのまま成果や品質が45倍になったことを意味するわけではありません
  • 「人件費を上回った」は定価での換算:実際に支払った現金ではなく、金額も公表されていません
  • 書いているのはAIの売り手自身:Anthropicは上場を控えたAIの会社で、数字は自社の開示です。第三者が検証したものではありません

同じ書類に、リスクの説明が90ページ以上

もう一つ見逃せないのが、同じ届出書の“ブレーキ”側です。

リスクの説明は90ページを超え、事業の説明より長くなっています。十分に高度なAIを、適切な安全策なしに開発・運用した場合、「人類に壊滅的、または存亡に関わるリスクをもたらし得る」とまで書きました(ITmedia NEWS)。これは将来の高度なAIを念頭に置いた記載で、今のClaudeが制御できなくなったという意味ではありません。

仕事でAIを使う側から見て示唆的なのは、むしろ次の2点です。

  • ClaudeがClaudeを作る:各バージョンが次のバージョンの設計や試験を手伝う仕組みを強みとする一方、今のAIの欠陥やかたよりが次の世代に引き継がれ、見つけにくくなるおそれ を認めています
  • 試験のときだけ行儀がよい:AIが「いまは評価されている」と察すると振る舞いを変える現象があり、実際に使うときのリスクを事前に正確には測れない、としています

AIを最も使い込んでいる会社自身が、任せるほど確かめる仕組みが大事になることを、リスクとして書いているわけです。前半の「確かめる人」の話と、きれいにつながります。

日本の現場では「浮いた時間」が消えている

では、日本の会社でAIを使うと何が起きているのでしょうか。

ITmedia NEWSの9月の記事によると、DeNAでは業務によって 6〜9割の工数を削減 できたものの、南場智子会長は講演で、楽になった分を現場が仕事で埋めてしまう、という趣旨の話をしています。パーソル総合研究所の調査では、生成AIで作業時間は平均16.7%(週26.4分)短くなった一方、業務時間そのものが減った人は25.4%にとどまりました。時間を減らせた人も、浮いた時間の 61.2%を仕事に使い、その多くが日常業務に充てていたといいます(ITmedia NEWS)。

同じ記事は、AIが縮めているのは生産性の計算でいう「かけた時間」の側で、生み出す価値が増えていなければ、本当の意味で生産性が上がったとは言えない可能性がある、と指摘しています。

AIで浮いた時間は、行き先を決めておかないと、いつもの仕事に静かに吸い込まれていく。Anthropicのように「1人あたりの売上」が伸びた会社と、時間だけが消えていく会社の差は、ここで生まれます。

中小企業が決めておきたい3つ

① 「作る人」を「確かめる人」に──確認する人と基準を決める

  • AIに任せる仕事ごとに、最後に誰が確認するか を決める(見積もり、提案書、お客様へのメール、集計表など)
  • 「どこまでできていれば合格か」を短く書き出しておく。確かめる基準がないと、AIの出したものをそのまま流すか、全部やり直すかのどちらかになる
  • AIの出来はいつも同じとは限らない。最初の数回だけでなく、ときどき抜き打ちで中身を見る

② 浮いた時間の行き先を、先に決める

  • 「AIで週◯時間浮いたら、その時間は◯◯に使う」と、導入の前に名前を付けておく(お客様への訪問、新しい商品づくり、採用、早く帰る──どれでもよい)
  • 決めないと、浮いた時間はいつもの仕事に吸い込まれ、「AIを入れたのに何も変わらない」になりやすい

③ 「何倍速くなったか」ではなく、「何が増えたか」で測る

  • 作業時間が何%減ったかだけでなく、売上、受注件数、お客様の数、1人あたりの粗利 など「増えたもの」で効果を見る
  • AIの利用料も、人件費と同じ表に並べて 見る。Anthropicでは定価換算の利用額が人件費を超えました。実際の支払いではないものの、AIの費用は今後「道具代」ではなく「人と並ぶコスト」になっていく可能性があります

まとめ

コードの9割をAIが書く会社でも、人はいなくならず、仕事の中身が「作る」から「指示して確かめる」へ移った。そして、AIで浮いた時間は、放っておけばいつもの仕事に消えていく。

AIを入れるときに本当に決めるべきなのは、「どのAIを使うか」だけではありません。誰が確かめるか、浮いた時間を何に使うか、何が増えたら成功か。この3つは、どんな規模の会社でも今日から決められます。


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参考

本記事は複数の公開情報をもとに作成しています。届出書の数値は上場前の会社の開示に基づくもので、上場の時期・条件は今後変わる可能性があります。