チャットのAIが賢くなった、安くなった――そんなニュースを毎日のように見かけます。けれど今月、まったく別の場所で、静かに大きな一歩がありました。AIが画面の中を飛び出して、工場で”手を動かし”始めたのです。

主役は日本の製造業。設計図を見せるだけで溶接をこなすロボットと、そのAIを現場で動かすための専用半導体が、相次いで発表されました。キーワードは「フィジカルAI」。今日はこの動きを、専門知識がなくても分かるように整理します。

図面を「読んで」溶接する──ファナックのAI溶接エージェント

産業用ロボット世界最大手のファナックが、「AI溶接エージェント」を開発しました。何ができるのかというと、ざっくりこうです。

  • 溶接する部品の設計図(図面)を読み取る
  • 使う材料や作る部品を理解し、電流・電圧などの溶接条件と、ロボットの動き方を自動で生成する
  • 従来必要だった細かい設定や「教示(ティーチング)」の作業なしで、そのまま溶接することを狙う

ここが肝心なところです。これまで溶接ロボットを動かすには、熟練の技術者が「この材料なら電流はこれくらい」「ここはこう動かす」と一つひとつ教え込む(教示する)必要がありました。その勘どころを持つ熟練の溶接作業者は、日本を含め世界的に不足していて、モノづくりの納期が延びる一因にもなっている、と報じられています。AI溶接エージェントは、その熟練の技をAIが肩代わりしようという発想です。

開発ではGoogleと協業し、企業向け生成AI「Gemini Enterprise」を活用しています。読み取った図面などのデータは保護され、「ほかのユーザーのAI学習には流用されない」と明記されているのも、企業が使ううえでは大切なポイントです。既存の協働ロボット「CRX」のタブレット設定ツールに組み込まれ、カメラなど新しいセンサーの追加にも対応するとしています。

この技術は、東京ビッグサイトで開かれた「2026国際ウエルディングショー(9月16〜19日)」で実演され、2026年12月末から出荷開始の予定です。

※ 「設定・教示なし」「熟練者いらず」はメーカー発表・報道が示す”狙い”です。実際の現場での精度や、対応できる材質・形状の幅は、これから第三者の検証で明らかになる部分。過度に「完全自動化」と受け取らず、まずは”ここまで来た”という事実を押さえるのがよさそうです。

その頭脳を現場で動かす”心臓”──日本発の半導体「RAIDEN」

もう一つ、同じ9月に見逃せない発表がありました。日本発のファブレス半導体企業 EdgeCortix(エッジコーティックス)が、フィジカルAI向けの新しいAIチップ「RAIDEN(ライデン)」を発表したのです。

難しく聞こえますが、役割はシンプルです。ファナックのようなAIを工場やロボットの現場(エッジ)で、その場で動かすための”心臓”にあたります。クラウドにデータを送って返事を待つのではなく、現場で低遅延・省電力にAIを回すためのチップ、というわけです。

  • AI処理性能は最大3.36PFLOPS(FP4という低精度演算での最大構成の値)
  • ロボティクス、スマート工場、通信、航空宇宙・防衛などでの利用を想定
  • 川崎重工業が、次世代の航空宇宙・防衛製品向けに採用を決めている

報道では「NVIDIA超え」という言葉も使われました。ただし比較の条件(相手のチップや演算の種類)まで示されているわけではなく、あくまで発表・報道側の主張として受け止めるのが正確です。サンプル提供は2027年初頭、量産は2027年後半の計画で、こちらも製品化はこれからです。

それでも意味は小さくありません。フィジカルAIには「賢い頭脳」だけでなく「現場で動く安い・速い・省エネな心臓」が要ります。その心臓を日本のスタートアップが手がけ、日本の重工大手が採るというのは、日本の製造業が得意な領域で足場を作りに来ている、という話です。

なぜ、この2つが大きいのか

ここ数か月のAIニュースの多くは、「どのモデルが賢いか・安いか」というクラウドの中の競争でした。今回の2件は、その競争の外側にあります。

フィジカルAIとは、ロボットがセンサーで周りを認識し、状況に応じて自分で判断して動く技術のこと。AIが”画面の中”から”工場の床”へ出てくる動きです。日本では2026年に「第1回 フィジカルAI展」が初開催されるなど関心が高まり、ファナックはNVIDIAやGoogleと相次いで手を組みました。今回の実演と半導体発表は、その流れが具体的な製品として形になってきた実例と言えます。

そして忘れてはいけないのが、これが日本が強い領域だということ。ものづくり、産業用ロボット、そして半導体。言葉を操るAIの競争では海外勢が先行しましたが、“現実世界で手を動かすAI”では、日本の現場力が効く可能性があります。

中小企業は、どう受け止めればいい?

大企業と大型ロボットの話に見えるかもしれません。でも、考え方は自社にも応用できます。

  1. 自社の”ボトルネック工程”を書き出す。 「この作業はあの人にしかできない」「人が採れず納期が延びる」――そういう属人化・人手不足の工程こそ、いずれAIが助けに来る候補です。まず棚卸しから。
  2. AIは「置き換え」でなく「熟練の継承・底上げ」と捉える。 ファナックの狙いも、熟練者を消すのではなく、その勘どころを形にして人手不足を補うこと。自社の”職人技”を記録・言語化しておくと、いざという時の資産になります。
  3. 出荷はこれから。焦って買わず、情報を追う。 今回の製品はどちらも出荷・量産がこれからです。過度な期待も、乗り遅れの不安も禁物。年内〜来年の実導入事例が出てから判断しても遅くありません。
  4. AIは”画面の中”だけではない、と前提を広げる。 事務作業だけでなく、現場・機械にもAIが来ます。自社が持つ現場のデータや熟練の知恵は、これからのAI時代の元手になります。今のうちに残しておきましょう。

チャットの向こうで賢くなるAIと、工場で手を動かすAI。2026年の秋は、その2つ目の流れがはっきりと見え始めた月でした。


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参考

本記事は複数の公開情報をもとに作成しています。数値や機能は各社の発表・報道時点のもので、実際の性能や適用範囲は今後の検証・導入事例で変わり得ます。