「AIはネットの向こう側にあるもの」──ChatGPTの登場以来、私たちはずっとそう思ってきました。ブラウザを開き、クラウドのAIに文章を送って、答えを受け取る。この当たり前が、いま変わり始めています。

7月29日、日本HPと楽天が発表した協業は、その転換点を象徴するニュースです。HP製のパソコンに、楽天の日本語AIが最初から入って届く。しかも、ネットが切れていても動く。

今日は「AIがクラウドから、あなたの手元のPCに降りてくる」という大きな流れを、中小企業の目線で整理します。

何が起きたのか

日本HPと楽天は7月29日、日本国内のHP製Windows PCにAIアプリ「Rakuten AI for Desktop」を**プリバンドル(標準搭載)**すると発表しました。法人向けPCでは同日から提供が始まっており、個人向けは10月以降の予定です(ゲーミングPCなど一部機種は対象外)。

目玉は、楽天が開発した日本語特化の大規模言語モデルを軽量化した「Rakuten AI 7B ONNX」が、PCの中(オンデバイス)で直接動くこと。PCに内蔵されたCPU・GPU・NPU(AI処理専用チップ)を使ってAIを動かすため、クラウドにデータを送る必要がありません。

日本HPの岡戸伸樹社長はこれを「ハイブリッドAIの重要なマイルストーン」と表現しています

「ネットが切れてもAIが動く」の意味

PC内のAIで何ができるのか。発表によれば、オンデバイスモードでは文章のリライト(書き直し)・要約・翻訳などをオフラインでこなせます。

「それだけ?」と思うかもしれません。しかし、データがPCの外に一切出ないという一点が、仕事では大きな意味を持ちます。

  • 機密文書を扱える: 顧客名簿、見積もり、人事情報──「クラウドAIに貼り付けるのは規程的にNG」だった書類も、PC内で完結するなら扱いやすくなります
  • 応答が速い: 通信を挟まないため低遅延です
  • 通信環境に左右されない: 外出先や移動中、ネット障害時でもAIが止まりません
  • 使うほど課金される心配がない: クラウドAPIの従量課金と無縁です

一方で、PC内で動くのは70億パラメータ級の小型モデルです。最先端のクラウドAIのような複雑な推論は期待できません。だからこその「ハイブリッド」です。

軽い仕事は手元で、重い仕事はクラウドで

Rakuten AI for Desktopは、用途に応じてオンデバイスとクラウドを切り替えます。画像・動画の生成やコーディング支援、楽天市場・楽天トラベルなど70以上のサービスと連携するAIエージェント機能は、クラウド側が担当します。

つまり設計思想はこうです。

  • 手元のAI: 要約・翻訳・書き直しなど、毎日発生する軽くて機密性の高い仕事
  • クラウドのAI: 画像生成や複雑な相談など、たまに発生する重い仕事

なお報道によれば、当初は無料で提供され、有料版も検討されているとのことです。

世界でも同じ流れ ── 260億パラメータがメモリ2GBで動く

「手元で動くAI」は日本だけの話ではありません。同じ7月29日ごろ、海外の技術者コミュニティHacker Newsでは、あるオープンソースツールが大きな話題になりました。

TurboFieldfare」という無料の推論エンジンで、GoogleのオープンモデルGemma 4 26B(260億パラメータ)を、M系Macのメモリわずか約2GBで動かすというものです。260億のうち1回の処理で実際に使われるのは約39億パラメータだけ、という構造(MoE)を利用し、必要な部分だけをSSDから読み込む工夫で実現しています。開発者の公表値では、数年前の薄型ノートPC(M2搭載MacBook Air)でも毎秒5〜6トークンで動作するとのこと(GitHub)。

半年前なら高性能サーバーが必要だったクラスのAIが、手元のノートPCで動く。メーカーの標準搭載(HP×楽天)と、オープンソースの技術革新(TurboFieldfare)が、同じ週に同じ方向を指した──これが今週の本質です。

以前お伝えしたスマホで動く大型AIの話から、流れは一段と加速しています。

中小企業は何をすべきか ── 3つのアクション

1. 次のPC買い替えは「AIが手元で動くか」を基準に入れる

PCの更改サイクルは4〜5年。次に買うPCは「AI PC(NPU搭載)かどうか」で、できる仕事の幅が変わる可能性があります。高価な上位機種に飛びつく必要はありませんが、比較表にこの項目を足しておく価値はあります。

2. 「外に出せないデータの仕事」を洗い出す

クラウドAI禁止で手つかずになっているAI活用はありませんか。顧客情報を含む文書の要約、社外秘資料の翻訳・リライト──「機密だからAIに触らせられない」だった業務こそ、手元AIの本命です。いま洗い出しておけば、導入時にすぐ動けます。

3. 「使い分け」を今から練習する

ハイブリッドAI時代の実務スキルは「どの仕事をどのAIに振るか」の判断です。軽い定型作業は手元(または安価なツール)へ、重い思考はクラウドの高性能AIへ。この感覚は、無料の範囲でローカルAIを触ってみるだけでも養えます。オンデバイスAIの基本は以前の解説記事にまとめています。

冷静に見ておきたい注意点

  • 手元AIは万能ではない: 7B級は小型クラスで、複雑な推論や長文の高度な分析は苦手です。品質のベンチマークも未公表のため、実力は実際の業務で見極める必要があります
  • 個人向けはこれから: コンシューマー向け提供は10月以降の予定です
  • 料金の詳細は未確定: 「当初無料・有料版検討」は報道ベースの情報です
  • TurboFieldfareの速度は開発者公表値: 第三者による検証はこれからで、現状はテキスト専用・Apple Silicon限定です

まとめ ── 「AIをどこで動かすか」が選べる時代へ

これまでAI活用の議論は「どのAIを使うか」でした。これからは「その仕事を、どこで動くAIにやらせるか」が加わります。

機密が絡む日常業務は手元で。重く複雑な仕事はクラウドで。この使い分けができる会社とできない会社で、AIに任せられる業務の範囲が変わってきます。まずは自社の業務の中の「外に出せない仕事」の棚卸しから始めてみてください。

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参考

※本記事は複数の公開情報をもとに作成しています。