中国のAI企業Moonshot AI(ムーンショット)が10月23日、新しいAI 「Kimi K3.1 Pro(キミ)」 を発表しました(Moonshot AI)。

第三者の評価機関による総合ランキングでは 4位。トップのAnthropic「Claude Opus 5.5」との差は 3点 です。しかも11月4日までに、AIの中身そのもの(重み)を公開して、誰でもダウンロードできるようにする予定です。

ただ、今回いちばん注目したいのは性能ではありません。Moonshotは中身を配る前に、サイバー攻撃に使える能力を、学習の段階でわざと削った と説明し、その前後の点数まで公表しました。最上位に近い頭脳を配るとき、作り手は何を考えたのか。中小企業が今のうちに考えておきたいことと合わせて整理します。

何が発表されたのか

  • 正体:7月に出した「Kimi K3」を土台に、追加の学習を大幅に増やした改良版。2〜3倍速く答える「Highspeed(ハイスピード)」版も同時に出ました
  • 規模:総パラメータ2.8兆の巨大なモデル(実際に動くのはそのうち1,040億)。一度に読める量は100万トークン(本なら数冊分)
  • 使える場所:KimiのWeb版・スマホアプリ・パソコン用アプリ、開発者向けのAPI(ほかのシステムから呼び出す窓口)で、発表日から利用できます
  • 中身の公開:重みは「11月4日までに公開」。ただし、商用で使ってよいかなどの条件(ライセンス)はまだ発表されていません

7月のK3は「世界最大のオープンなAI」として市場を揺らし、予告どおり中身が無料で配られました。今回はその続編にあたります。

どこまで来たのか──「最上位まで3点」の意味

米国の評価機関Artificial Analysisの総合指数で、K3.1 Proは 55点・4位(Artificial Analysis)。上にいるのは次の3つだけです。

モデル点数中身の公開
Claude Opus 5.5(Anthropic)58非公開
Claude Sonnet 5.5(Anthropic)56非公開
Muse Wonder Full(Meta)56非公開
Kimi K3.1 Pro(Moonshot)5511月4日までに公開予定

前作のK3は44点だったので、一気に11点上げたことになります。仕事の成果物をつくる力を測る評価(GDPval-AA)でも3位でした。

Artificial Analysisは、重みが予定どおり公開されれば、中身を公開しているAIの中で首位になり、非公開の最上位との差は12点から3点に縮まる と見ています。「非公開の最先端」と「誰でも手に入るAI」の距離が、ここまで近づいたということです。

Moonshot自身の発表では、AIに作業を任せるプログラミング試験(Terminal-Bench 4.0)で65.7%。Claude Opus 5.5の66.4%にあと一歩、OpenAIのGPT-6 Astraの58.2%は上回った、としています。ただしこれは Moonshotが自分で測った数字 で、第三者による確認はまだです。

値段はK3から3分の1下がった

  • K3.1 Pro:100万トークンあたり、入力2ドル・出力10ドル(K3は3ドル・15ドル)
  • 参考:Claude Opus 5.5の定価は入力4ドル・出力20ドル(VentureBeat)

定価だけ見ると、最上位のちょうど半分です。ただし落とし穴もあります。Artificial Analysisの計測では、K3.1 Proは 答えが長め で、使うトークン(文字数のようなもの)が多くなりがちです。そのため評価1問あたりの費用は、値下げ前のK3とほぼ同じでした(Artificial Analysis)。「定価が半分=請求も半分」とは限りません。

最大の論点──“ハッキングの腕”をわざと削った

Moonshotは今回、中身を公開する版のために、次のことをしたと説明しています(Moonshot AI、The Next Web)。

  • 学習に使うデータから、サイバーセキュリティ関連の内容を取り除いた
  • AIを鍛える練習問題からも、サイバー関連の課題を外した(ふつうのプログラミングの課題は残した)

その効果も数字で出しています。ソフトの弱点を実際に突けるかを試す社内テスト(3回までの挑戦で成功した割合)で、

モデル成功率
削らずに学習させた版90.5%
公開するK3.1 Pro81.0%
前作のK333.3%

そのうえで、2つの方針を書いています。

  • サイバー攻撃の能力で、最先端を押し広げるような中身は公開しない
  • ただし、誰でも使えるAIのサイバー能力は、段階的に引き上げていく(古いシステムの点検など、守る側の用途もあるため)

背景にあるのは、中身を配ったAIは、あとから取り消せない という事情です。サービスとして提供するAIなら、危ない頼みごとをサーバー側で断ったり、あとから修正したりできます。ところが一度ダウンロードされた中身は、回収できません(The Next Web)。中身を配るAIの安全策は、「作る段階で入れておく」しかない のです。

8月には中国Z.aiの「GLM-5.3」が、教えていないのにハッキングの力を身につけていたことが話題になりました。今回のMoonshotは、その逆に 「教えないように、わざと抜いた」 形です。

ただし、手放しでは喜べません。削った後でも81%は高い水準で(The Decoder)、数字はすべてMoonshotの社内テストです。「安全になった」と受け取るのではなく、「これだけの能力を持つAIが、まもなく誰の手にも渡る」 と受け取るほうが現実的です。

実務での評価は、まだ割れている

数字の上では最上位に迫っていますが、海外の開発者の間では「Opusに近いと言われたモデルが、実際の作業で並んだことはない」「人気の試験は“対策”されているのでは」といった慎重な声も目立ちます(Hacker News)。一方で、安いモデルを何本も同時に動かし、9割以上の仕事はそれで足りている、という使い方の声もあります。

Moonshotが公表した「誤った答え(ハルシネーション)が23.4%から8.3%に減った」という数字も、同社自身が「わざと間違えやすい問題を集めた試験で、ふだんの誤り率ではない」と注記しています。

中小企業が今から考えておきたい3つ

① 「最上位でなくても足りる仕事」を見極めて、自社の仕事で試す

最上位まで3点、定価は半分。社内文書の要約や下書き、表の整理など、最高の賢さまでは要らない仕事 は増えています。ただ、ランキングの数字と自社の仕事での使い勝手は別物です。普段の仕事を3〜5件選んで、同じ頼み方で複数のAIに出し、結果を見比べる──この小さな試し方が、いちばん確実です。

② 同じAIでも「どこで動かすか」でデータの行き先が変わる

  • アプリやAPIで使う:入力した内容は、提供元のMoonshot(中国企業)のサービスに送られます。API利用者向けにデータを残さない設定はありますが、入力を学習に使うかどうかは、今回の発表では明言されていません
  • 公開された中身を自社や契約先の環境で動かす:データを外に出さずに済む可能性があります。ただし使ってよい条件(ライセンス)はまだ未発表。K3の中身は約1.4TBと巨大で、ふつうのパソコンでは動きません

お客さまの情報や社外秘の資料を入れる前に、利用規約と自社のルールを確かめる こと。取引先が「中国製AIの利用」をどう見ているかも、業種によっては大事な確認点です。

③ 攻撃する側も強いAIを持つ前提で守る

中身が公開されれば、攻撃に使える能力を削ったとはいえ、高い能力を持つAIが誰でも手に入ります。このブログでも、AIが見つけたPHPの弱点で国内のサイトが次々止まった件を取り上げました。ソフトやプラグインの更新を後回しにしない、ログインには二段階認証を入れる──基本の守りの価値は、むしろ上がっています。

まとめ

非公開の最先端と、誰でも手に入るAIの差は、3点まで縮まろうとしています。そして作り手のMoonshotは、配る前に“攻撃の腕”だけを削るという、新しい配り方を示しました。

裏を返せば、中身を配るAIの安全は、作り手の判断に任されている ということです。中小企業にとっては、「安くて賢いAIが増える」というチャンスと、「攻撃する側にも同じAIが渡る」というリスクが同時に来ます。使うときは自社の仕事で確かめ、データの行き先を確かめ、守りの基本を固めておきましょう。


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参考

本記事は複数の公開情報をもとに作成しています。性能の数字の多くは開発元の発表で、提供条件や公開の予定は今後変わる可能性があります。