「うちはDeepSeekなんて使っていない」。そう思った方も、少しだけ立ち止まってください。

米国土安全保障省(DHS)は、中国のAI企業 DeepSeek の製品を連邦政府のシステムから排除する命令を出したことを、10月20日(米国時間)付の官報で公示 しました。注目すべきは、DeepSeekのアプリやサービスそのものだけでなく、「DeepSeekの技術を使って作られた、他社の製品・サービス」まで外すよう求めている 点です。

つまり問われているのは「DeepSeekを使っているか」ではなく、「あなたが使っているAIツールの“中身”に、何が入っているか」。一方、国内では「中国製のAIは危険な指示を実行する」という発言で話題になったセキュリティの専門家が、「どの国のモデルかは本質ではない」と補足しています。

この2つのニュースを並べると、中小企業がAIツールを選ぶときに確かめるべきことが見えてきます。

何が決まったのか

命令の根拠は、2018年にできた「連邦調達サプライチェーン安全法(FASCSA)」。政府が買うIT製品の“仕入れ先のリスク”を管理するための法律です。命令の中身は大きく2つあります。

  • 買わない:DeepSeekとその関連会社が開発したIT製品・サービスを、政府の調達の対象から外す
  • 外す:DeepSeekと関連会社の製品に加え、DeepSeekの実装を使って開発された第三者(他社)の製品・サービス も、政府のITシステムから排除する

日本経済新聞によれば、新しく買うのを禁じるだけでなく、すでに導入しているものも削除 するよう求めています。どうしても使い続ける必要がある機関は、命令から60日以内に、理由と代わりの安全策を示して例外を申請し、米国のサイバーセキュリティ当局(CISA)が審査します(BleepingComputer)。

ここで一つ注意したいのが言葉です。日本の報道では「連邦民間機関」(CNET Japanは「連邦文民機関」)と訳されていますが、これは 民間企業のことではなく、軍以外の連邦政府の機関 のこと。今回の命令は政府のシステムが対象で、企業や個人がDeepSeekを使うことを一般に禁じるものではありません。

なぜ排除するのか

DHSが挙げたリスクは、おおむね次のとおりです(日本経済新聞・CNET Japan・BleepingComputerより)。

  • DeepSeekのサーバーは中国にあり、中国の法制度のもとでは、政府が民間企業のインフラに広くアクセスできる
  • アカウントを作るときに個人を特定できる情報を集め、利用者の追跡や端末の識別に使われるおそれがある
  • 職員や委託先が入力した機微な情報が、中国に渡るおそれがある
  • モデルに不正なプログラムや弱点(脆弱性)が含まれている可能性がある(2025年2月に、セキュリティ会社がDeepSeekのiPhoneアプリに重大な問題を指摘した調査を引用)

日本でも2025年2月、個人情報保護委員会が「DeepSeek社が取得した個人情報を含むデータは、中国にあるサーバに保存され、中国の法令が適用される」と情報提供しています。デジタル庁は政府機関に向けて、全面的な禁止ではないものの、機密情報は原則として扱わず、使う場合も「どの業務に使ってよいか」をあらかじめ決める よう求めました。

同じ週、DeepSeekは「自分で動かす」道を広げた

興味深いのは、同じ週にDeepSeek側が逆の方向に動いていたことです。

  • 10月17日:新版の「DeepSeek-V4.1-Flash-1017」を公開。AIの中身である「重み」を、商用利用もできるMITライセンスで配布(性能は同社の評価で、第三者の検証はまだ少ないとITmediaは注記)
  • 10月20日ごろ:自社の大規模サービスを支える推論エンジン「DeepInfer」をオープンソースで公開(今回の公開はまとめて処理するオフライン推論向けで、NVIDIAのGPU〈SM100世代〉とHuaweiのAIチップ「Ascend 950」に対応)

DeepInferが前提にしているのはデータセンター級の設備で、中小企業が手元のパソコンで動かすような道具ではありません。ただ、重みと、それを動かす道具がそろえば、AIサービスを作る会社がDeepSeekのモデルを 自社のサーバーで動かす ことはしやすくなります。そうなると、DeepSeekのモデルは「DeepSeekのアプリ」としてではなく、ほかの会社のAIツールの“部品”として 入り込んでいきます。米国の命令が「DeepSeekの実装を使った他社製品」まで対象にしているのは、こうした広がり方を踏まえたものと読めます。外からは、どのツールの中に何が入っているのか、見えにくいのです。

※自社のサーバーで動かす形まで命令の対象になるのかは、公開されている文書からははっきりしません。

専門家「どの国のモデルかは本質ではない」

一方、国内ではこんな議論もありました。

テレビ高知の取材で、セキュリティの専門家が「中国の企業が開発したLLMは、危険な指示や『攻撃する方法を教えて』といった指示を、そのまま受け取って実行してしまう」と語ったと報じられ、SNSで話題になりました。発言した VLCセキュリティラボ代表の中本有哉氏 は、ITmedia AI+の補足取材で、次のように説明しています。

  • 発言は、中国製のモデル全般に一律に当てはまるものではない
  • AIの安全装置(ガードレール)の強さは、開発元・モデル・バージョンによって大きく違う
  • 重みが公開されたモデルは、どの国のものでも、手元で安全装置を外すことが技術的に可能
  • 米国製のモデルでも、“抜け道”を突く指示(ジェイルブレイク)で攻撃に悪用された事例が報告されている

そのうえで中本氏は、問題の本質は「どの国のモデルか」ではなく、安全対策の弱い、あるいは外されたAIを、攻撃者が自由に使える状況 にあると指摘。だからこそ「どのAIが危ないか」より、パスワード管理、多要素認証、弱点(脆弱性)の早期修正、ログの監視 といった基本を着実にやることが最も有効だ、と呼びかけています。

「データの行き先」と「中身の出どころ」は別の問題

2つのニュースは、一見すると逆のことを言っているように見えます。でも、分けて考えると整理がつきます。

① データの行き先 DeepSeekのアプリやAPI(外部のサービスとして使う形)なら、入力した内容は中国のサーバーに送られます。これは国籍のイメージの話ではなく、「入れた情報がどこへ行き、どの国の法律のもとに置かれるか」 という具体的な問題です。逆に、オープンなモデルを自社や国内のサーバーで動かせば、入力がDeepSeekに送られることはありません。

② 中身の出どころ 一方、米国政府は「データが送られるか」だけでなく、政府のシステムに組み込む“部品”の出どころ そのものをリスクとみて、他社製品まで外す判断をしました。国の安全保障を担う組織としての線引きです。

③ 攻撃への悪用 専門家が言うように、AIが攻撃に悪用されるかどうかは、国籍よりも「安全装置が弱いか、外されているか」の問題です。守る側にできることは、相手がどのAIでも変わりません。

中小企業にとって大事なのは、①を自分で確かめられるようにしておくこと、そして③に備えて基本を固めること。②のような判断は、取引先や業界の求めに応じて考えればよい、というのが現実的な線でしょう。

中小企業がAIツールで確かめるべき3つ

① 使っているAIツールの「中身」と「データの行き先」を聞く

チャットボット、議事録、翻訳、文章作成など、いま使っているAIツールを書き出し、提供元に次の3つを確認しましょう。

  • どの会社のAIモデルを使っているか
  • 入力したデータは、どの国のサーバーで処理・保存されるか
  • 入力したデータがAIの学習に使われるか、どのくらいの期間保存されるか

AIツールの多くは、裏側でほかの会社のモデルを使っています。答えがあいまいなら、それ自体が判断材料です。大手企業や官公庁と取引のある会社は、今後「どのAIを使っているか」を聞かれる場面も増えるかもしれません。

② 「入れていい情報」を先に決める

海外のサーバーに送られるサービスには、顧客の個人情報や、取引先から預かった機密を入れない。これだけでも、リスクは大きく下がります。日本の政府機関が求められたのと同じく、「どの業務に使ってよいか」を先に決めておくのが近道です。

③ 国籍より、基本の守りを固める

「中国製だから危ない」「米国製だから安心」とは言い切れません。パスワードの使い回しをやめる、二段階認証(多要素認証) を入れる、ソフトを早めに更新する、ログインの記録を見る。自社のサイトにAIのチャットを置くなど お客様の前でAIを使う場合 は、そのモデルの安全対策の強さを確認し、出力を人が確かめる仕組みを用意しましょう。

まとめ

米国政府は、DeepSeekを「使うかどうか」ではなく、「製品の中に入っているかどうか」で線を引きました。AIのモデルがほかの会社の製品の部品として広がる今、私たちが使うツールの中身は、ますます見えにくくなっています。

それでも、中小企業がやるべきことはシンプルです。中身とデータの行き先を聞く。入れていい情報を決める。基本の守りを固める。どの国のAIかを気にする前に、この3つから始めてください。


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参考

本記事は複数の公開情報をもとに作成しています。命令の運用や対象範囲は、今後の発表で明らかになる可能性があります。